2013年度の開催

2013年度は4月から11月にかけて、以下の通り開催しました。

第51回大阪国際フェスティバル2013
〜フェスティバルホールこけら落とし〜

ヴェルディ生誕200年記念
ヴェネツィア・フェニーチェ歌劇場 日本公演 2013
Teatro La Fenice di Venezia
La Tournée in Giappone 2013

日時:
2013年4月10日(水)19:00開演  ガラ・コンサート
2013年4月11日(木)18:30開演

 ヴェルディ作曲 歌劇《オテロ》
(原語上演・日本語字幕付き)
2013年4月13日(土)14:30開演  特別コンサート《リゴレット》《椿姫》から抜粋
(演奏会形式)
水の都ヴェネツィアの至宝、フェニーチェ歌劇の8年ぶり3度目の来日公演。イタリア・オペラの大作曲家ジュゼッペ・ヴェルディ(1813〜1901)の生誕200年を記念し、また、戦後日本のクラシック音楽を牽引してきた大阪・中之島のフェスティバルホールのリニューアル・オープンを祝して、オペラの不死鳥、フェニーチェ歌劇場がヴェネツィアから大阪へやってくる。
今回はヴェルディ晩年の最高傑作《オテロ》を上演。フェニーチェがヴェルディ生誕200年を祝して2012年11月に現地で披露された新演出版。このほかガラ・コンサート、特別コンサートも開催。
主催: 公益財団法人朝日新聞文化財団、大阪国際フェスティバル協会、朝日新聞社
特別協賛: 大和ハウス工業
協賛: NTT西日本、きんでん、三精輸送機、THE HILTON PLAZA、住友電気工業、
竹中工務店、ダイキン工業、森下仁丹
特別協力: 朝日放送
協力: アリタリア・イタリア航空、アート引越センター、フェスティバルホール
後援: 外務省、イタリア大使館、イタリア文化会館
入場料: <オペラ> S45,000円、A39,000円、B33,000円、C27,000円、D21,000円、E15,000円、BOX52,000円、バルコニーBOX90,000円(2席セット)
<コンサート> S18,000円、A15,000円、B12,000円、C9,000円、D6,000円、BOX22,000円、バルコニーBOX36,000円(2席セット)
曲目:
<ガラ・コンサート> 2013年4月10日(水)19:00開演
 
ロッシーニ: 《アルジェのイタリア娘》より 序曲
プッチーニ:

《蝶々夫人》第1幕フィナーレより ピンカートンと蝶々夫人の二重唱〈夕暮れは迫り〉
プッチーニ:



《ラ・ボエーム》第1幕より
ロドルフォのアリア〈冷たいこの手を〉
ミミのアリア〈私の名はミミ〉
ロドルフォとミミの二重唱〈ああ、愛らしき乙女〉
ヴェルディ: 《運命の力》より 序曲
プッチーニ:

《蝶々夫人》第2幕より 蝶々夫人のアリア〈ある晴れた日に〉
ヴェルディ: 《マクベス》第4幕より 合唱〈虐げられた祖国〉
ヴェルディ:

《ナブッコ》第3幕より 合唱〈行け、黄金の翼に乗って〉
プッチーニ:

《トゥーランドット》第3幕より カラフのアリア〈誰も寝てはならぬ〉
ヴェルディ:


《アイーダ》第2幕より フィナーレ 合唱〈エジプトとイシスの神に栄光あれ〉

指揮: チョン・ミョンフン
ソプラノ: アマリッリ・ニッツァ
テノール: マッシミリアーノ・ピザピア
管弦楽/合唱団: フェニーチェ歌劇場管弦楽団・合唱団
合唱指揮:

クラウディオ・マリノ・モレッティ

<ジュゼッペ・ヴェルディ作曲 歌劇《オテロ》(全4幕)>
2013年4月11日(木)18:30開演
 
原作:シェイクスピア『オセロー』
台本:アッリーゴ・ボーイト
初演:

1887年2月5日、ミラノ・スカラ座

オテロ(テノール):グレゴリー・クンデ
デズデーモナ(ソプラノ):リア・クロチェット
ヤーゴ(バリトン):ルーチョ・ガッロ
カッシオ(テノール):フランチェスコ・マルシーリア
モンターノ(バス):マッテオ・フェッラーラ
エミーリア(メゾソプラノ):エリザベッタ・マルトラーナ
ロデリーゴ(テノール):アントネッロ・チェロン
ロドヴィーゴ(バス):マッティア・デンティ
 
指揮:チョン・ミョンフン
 
演出:フランチェスコ・ミケーリ
装置:エドアルド・サンキ
衣装:シルヴィア・アイモニーノ
照明:

ファビオ・バレッティン

管弦楽/合唱団:フェニーチェ歌劇場管弦楽団・合唱団
合唱指揮:クラウディオ・マリノ・モレッティ
 
児童合唱:ラピスファミリー合唱団
<特別コンサート> 2013年4月13日(土)14:30開演
《リゴレット》《椿姫》から抜粋(演奏会形式)

ヴェルディ《リゴレット》より
前奏曲
第1幕二重唱〈愛は心の太陽だ〉(ジルダ、マントヴァ公)
アリア〈慕わしき御名〉(ジルダ)
合唱〈静かに、静かに〉
第2幕アリア〈彼女の涙が見えるようだ〉(マントヴァ公)
〈殿、殿!〉〈何だ?〉(合唱)
カバレッタ〈強い愛の力が私に命ずる〉(マントヴァ公、合唱)
第3幕カンツォーネ〈女心の唄〉(マントヴァ公)
四重唱〈いつかお前に会ったような気がする〉(ジルダ、マッダレーナ、マントヴァ公、リゴレット)
 
ヴェルディ《椿姫》第2幕
No.4シェーナとアルフレードのアリア〈燃える想いを〉
No.5 シェーナとヴィオレッタとジェルモンの二重唱〈天使のように清らかな娘〉
No.6 ヴィオレッタのシェーナとジェルモンのアリア〈プロヴァンスの海と陸〉
No.7第二幕フィナーレ
 
指揮:チョン・ミョンフン
ソプラノ: エカテリーナ・バカノワ(ジルダ、ヴィオレッタ)
テノール: シルヴァ・ムケリア(マントヴァ公、アルフレード)
バリトン: ジュリアン・キム(リゴレット、ジェルモン)
管弦楽/合唱団: フェニーチェ歌劇場管弦楽団・合唱団
合唱指揮: クラウディオ・マリノ・モレッティ

フェニーチェ歌劇場 Teatro La Fenice

フェニーチェ歌劇場

アドリア海の女王、水の都ヴェネツィアは、オペラを市民の娯楽として育てた都市である。1637年、世界で初めて市民が入場料を払ってオペラを観劇できる市民歌劇場を開設したのも共和国ヴェネツィアであった。そのヴェネツィアにフェニーチェ歌劇場が創設されたのが1792年。内装の優美さと約1500の席数によって当時もっとも隆盛を誇っていたサン・ベネデット劇場が1774年に焼失し、それに代わる歌劇場として創設された。劇場設計案は広く公募され、新劇場は1792年4月に完成。火災とそれに続く様々な困難に打ち克つという意味を込めて「フェニーチェ=不死鳥」と名づけられ、5月16日にパイジェッロのオペラ《アグリジェントの大競技》で開場した。

1797年のナポレオンの進軍によりヴェネツィア共和国の約千年にわたる歴史は閉じられるが、フェニーチェ歌劇場はオペラ・セリアを専門に上演する歌劇場として重要な存在であり続けた。ロッシーニの《タンクレーディ》(1813)、ベッリーニの《カプレーティ家とモンテッキ家》(1830)、ドニゼッティの《ベリザーリオ》(1836)など今でもよく知られている数多くのオペラを初演。ところが1836年12月、劇場が焼失。直ちに再建され、1年後の1837年12月に再開場した。

フェニーチェ歌劇場
フェニーチェ歌劇場は、イタリア・オペラの作曲家ヴェルディの《エルナーニ》(1844)、《アッティラ》(1846)、《リゴレット》(1851)、《椿姫》(1853)、《シモン・ボッカネグラ》(1857)の5作品を初演した劇場として知られる。これによりイタリア3大歌劇場の地位を不動にした。

その後1854年と1936年の2回の大改修を経て、第2次世界大戦後はヴェネツィア・ビエンナーレの現代音楽祭の一環として、ストラヴィンスキーの《道楽者のなりゆき》(1951)、ブリテンの《ねじの回転》(1954)、プロコフィエフの《火の天使》(1955)など現代オペラの初演にも積極的に取り組んできた。1996年1月29日、改修工事中の放火によりフェニーチェ歌劇場は再び炎上、栄光の歴史は灰と化した。しかし歌劇場は「かつてのように、かつての場所に」をスローガンに数々の困難を乗り越え、「不死鳥=フェニーチェ」のごとく蘇った。2003年11月、リッカルド・ムーティ指揮の演奏会によって再開場。翌2004年11月、《椿姫》で歌劇場としての活動を本格的に開始。来日公演は2001年、2005年に続いて今回で3回目。


チョン・ミョンフン Myung-Whun Chung (指揮)

チョン・ミョンフン(指揮)

7歳の時、ピアニストとしてデビューし音楽のキャリアをスタートさせる。1974年、モスクワのチャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門で2位を獲得。ニューヨークのジュリアード音楽院、マスネ音楽院で指揮も学んだ後、1979年ロサンゼルス・フィルでカルロ・マリア・ジュリーニのアシスタントとなり、2年後には副指揮者に就任した。

1984年から1990年にかけてザールブリュッケン放送交響楽団の音楽監督、1987年から1992年にフィレンツェ市立歌劇場の首席客演指揮者、1989年から1994年にはパリ・オペラ座バスティーユ音楽監督、1997年から2005年にはローマのサンタ・チェチーリア管弦楽団の首席指揮者を歴任した。

1995年、アジア諸国の友好を音楽で実現する目的で、8つのアジアの国から精鋭を集めてアジア・フィルハーモニー管弦楽団を創設。2000年にはフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、2001年には東京フィルハーモニー交響楽団のスペシャル・アーティスティック・アドヴァイザーに就任(現在は桂冠名誉指揮者)。さらに2006年にはソウル・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、2012年シーズンからはシュターツカペレ・ドレスデンの長い歴史の中で初めて設けられたポジションである首席客演指揮者にも就任。

またこれまでに、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ、ロンドンおよびパリの主要楽団やウィーン国立歌劇場、シュターツカペレ・ドレスデン、ボストン交響楽団、シカゴ交響楽団、メトロポリタン・オペラ、ニューヨーク・フィル、クリーヴランドおよびフィラデルフィア管弦楽団など、世界の屈指のオペラ・ハウスやオーケストラでの指揮も務めている。

ドイツ・グラモフォンで録音した作品の多くが、国際的な賞を獲得。その芸術活動には多くの称賛が寄せられており、イタリアの批評家賞であるプレミオ・アッビアーティ賞とアルトゥロ・トスカニーニ賞を受賞。1992年にはフランスのレジオン・ドヌール勲章を受章した。1991年フランス音楽批評家協会から「今年のアーティスト」に選ばれ、1995年と2002年にはフランスの音楽祭"Les Victoires De La Musique"でも賞を獲得した。

一方で現代の人道・環境問題にも真摯に向き合い、人生の重要な部分をこれらへの取り組みに捧げてきた。国連薬物統制計画(UNDCP)の大使を一時期務め、1995年にはユネスコによって「マン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれる。1996年、韓国の音楽文化に偉大な貢献をしたとして、韓国政府から最高位の文化勲章「金冠」を授与された。現在は韓国の歴史上初の名誉文化大使を務める。

2007年9月、チョンとフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団のメンバー全員は、ユニセフ大使にノミネートされたが、オーケストラ・メンバー全員が大使になった例はかつてない。さらに2008年4月にチョンは、児童の諸問題への取り組みにより、ユニセフの親善大使に選出された。2011年には、フランス文化相により芸術文化勲章の最高位「コマンドゥール」が授与された。

2012年3月には初めて、北朝鮮国立銀河水(ウナス)管弦楽団とフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団との合同演奏をパリで行ったことは記憶に新しい。

フランチェスコ・ミケーリ Francesco Micheli (《オテロ》演出)

フランチェスコ・ミケーリ(「オテロ」演出)

1972年イタリアのベルガモ生まれ。大学で現代文学を専攻するかたわら、パオロ・グラッシの演劇学校でディプロマを取得。オペラの演出デビューは1997年にスカラ座博物館で行なったピッチンニの《ラ・カンタリーナ》。同年には若いアーティストの研修機関As.Li.Co.とのコラボレーションを開始する。これまでにモーツァルト《魔笛》、ロッシーニ《セビリャの理髪師》、ヴェルディ《ナブッコ》《イル・トロヴァトーレ》他を演出、2011年にはプッチーニ《ラ・ボエーム》をフェニーチェ歌劇場で、グノー《ロメオとジュリエット》をアレーナ・ディ・ヴェローナで演出し評判となる。現代オペラ世界初演の仕事も多く、アンブロジーニ《言葉の殺し屋》(フェニーチェ歌劇場委託。2010年アッビアーティ賞を受賞)、ボッセロ《カンドラゴーポリの巣》、ダクイラ《不思議の国のアリス》(台本もミケーリが担当)等の演出を手掛けている。パレルモのマッシモ歌劇場で企画演出した音楽劇《白、赤、そして緑》は2009年のアッビアーティ賞を受賞。子供への教育活動にも熱心で、テレビ出演やレクチャーの機会も多い。ブレラ国立美術学校の舞台美術コースで演出を教える。2012年からマチェラータ音楽祭の芸術監督。

グレゴリー・クンデ Gregory Kunde
(テノール/《オテロ》オテロ役)

グレゴリー・クンデ(テノール/《オテロ》オテロ役)

アメリカ合衆国イリノイ州カンカキー出身。イリノイ州立大学で合唱指揮と声楽を学んだ後、シカゴ・リリック・オペラで若いアーティストのためのプログラムに参加し研鑽を積む。イタリアやフランス・オペラにおける難役を歌いこなす歌手として、ミラノ・スカラ座、MET、パリ・オペラ座、シャトレー座、ウィーン国立歌劇場、ミュンヘン歌劇場他、数多くの一流歌劇場に出演している。ブゾーニ《ファウスト博士》、ベルリオーズ《ベンヴェヌート・チェッリーニ》《トロイアの人々》など珍しい作品の録音も多い。ロッシーニのオペラ・セリアにおけるドラマティックな役を得意にしており、2008年にはペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルと来日し《オテッロ》のタイトル・ロール役を歌い好評を博した。2011年にトリノ歌劇場でヴェルディ《シチリアの夕べの祈り》アッリーゴ役に出演してからはヴェルディをレパートリーに加え、2012年には同歌劇場で《仮面舞踏会》リッカルド役を、11月にはフェニーチェ歌劇場のシーズン開幕公演でヴェルディ《オテロ》タイトル・ロールを歌い大絶賛される。今年のフェニーチェ歌劇場の開幕公演ではマイヤベーア《アフリカの女》に主演予定。

リア・クロチェット Leah Crocetto
(ソプラノ/《オテロ》デズデーモナ役)

グレゴリー・クンデ(テノール/《オテロ》オテロ役)

サウス・カロライナ州生まれ、ミシガン州エードリアンで育つ。現地のシエナ・ハイツ大学でパフォーミング・アーツを、シカゴのムーディ聖書学院で声楽を学ぶ。2009年にホセ・イトゥルビ国際音楽コンクールの声楽部門第1位、観客賞、スペイン賞を同時受賞。サン・フランシスコ・オペラの研修制度メローラ・オペラ・プログラムに参加した後、2009年同歌劇場においてプッチーニ《修道女アンジェリカ》修道女ドルチーナ役を、2011年にはプッチーニ《トゥーランドット》リュー役を歌う。2011年にボルドー歌劇場でヴェルディ《イル・トロヴァトーレ》レオノーラ役を歌いヨーロッパ・デビュー。続いてプーランク《グローリア》でルイゾッティ指揮のベルリン・フィルと共演した。2012年サンタフェ・オペラで新制作のロッシーニ《マホメット2世》アンナ役を歌い好評を博す。同年11月にはフェニーチェ歌劇場でヴェルディ《オテロ》デズデーモナ役を歌いイタリア・デビュー。その後イスラエル・オペラでオーレン指揮ヴェルディ《ルイザ・ミラー》のタイトル・ロールを、フランクフルト歌劇場でフリッツァ指揮《オテロ》デズデーモナ役を歌うなど、ヴェルディ・オペラへの出演が続いている。

ルーチョ・ガッロ Jago:Lucio Gallo
(バリトン/《オテロ》ヤーゴ役)

グレゴリー・クンデ(テノール/《オテロ》オテロ役)

イタリアのターラント生まれ。トリノ音楽院を優秀な成績で卒業する。イタリアを代表するバリトン歌手としてミラノ・スカラ座、ローマのサンタ・チェチーリア、MET、ロンドンのロイヤル・オペラ、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座、チューリッヒ歌劇場、ベルリン・ドイチェ・オーパー、ボリショイ劇場他、世界の一流歌劇場で活躍を続けている。来日も数多い。スマートな容姿と演技力で性格俳優としての評価が高く、歌曲も得意とする音楽性を持ち、イタリア人歌手としてはめずらしくドイツ・オペラのレパートリーも多い。ロッシーニ《セビリャの理髪師》フィガロ役、モーツァルト《フィガロの結婚》伯爵役、ドニゼッティ《愛の妙薬》ドゥルカマーラ役、ヴェルディ《ファルスタッフ》フォード役などから、《リゴレット》のタイトル・ロール、プッチーニ《トスカ》スカルピア役、ジョルダーノ《アンドレア・シェニエ》ジェラール役、ワーグナー《さまよえるオランダ人》タイトル・ロール、《パルジファル》クリングゾール役、そして近年は特にヴェルディ《オテロ》のヤーゴ役を得意としており、昨年だけでもルクセンブルク、ロンドン、そしてフェニーチェ歌劇場で歌っている。

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ロリン・マゼール指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
Lorin Maazel conducts Münchner Philharmoniker

日時:2013年4月16日(火)19:00開演

1893年に創設されたミュンヘン市民のオーケストラ、 ミュンヘン・フィルが、3年ぶりに来日。指揮は、2011年秋から音楽監督の巨匠ロリン・マゼール。ドイツのオーケストラならではの重厚な響きを聴かせる。

主催: 公益財団法人朝日新聞文化財団、大阪国際フェスティバル協会、朝日新聞社
特別協賛: ビー・エム・ダブリュー株式会社
協賛: カネカ、京阪電気鉄道、神戸製鉄所、TOTO
特別協力: 朝日放送
協力: フェスティバルホール
後援: 外務省、ドイツ連邦共和国総領事館
入場料: S22,000円、A19,000円、B16,000円、C13,000円、D9,000円、BOX27,000円、バルコニーBOX44,000円(2席セット)
曲目: ワーグナー:歌劇《タンホイザー》序曲〜ヴェヌスベルクの音楽(パリ版)
ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》より 前奏曲と愛の死
ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(1889年第3稿ノーヴァク版)

ロリン・マゼール Lorin Maazel (指揮)

ロリン・マゼール (指揮)

1930年、パリで米国人の両親の間に生まれる。5歳からバイオリンを始め、7歳から指揮法を学び、8歳で初舞台を務め、15歳までに米国のほぼ全てのオーケストラの指揮台に登るという神童ぶりを発揮する。1953年にイタリアのマッシモ・ベリーニ劇場でヨーロッパ・デビューを飾ってからは、瞬く間に、世界最高峰の指揮者として地位を確立する。1960年には米国人初の指揮者としてバイロイト音楽祭に登場。以来、150以上のオーケストラで、5千回以上に及ぶオーケストラとオペラの公演を指揮している。
世界屈指のオペラハウスや名門オーケストラの主要ポストも歴任しており、ベルリン・ドイツ・オペラ芸術監督兼首席指揮者、ウィーン国立歌劇場音楽総監督、クリーブランド管弦楽団音楽監督、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者、2002年から2009年までニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督を務め、2012年9月、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任。


ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 Münchner Philharmoniker

ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

1893年に創設以来、100年以上にわたってドイツ伝統の響きを受け継いできた世界的名門オーケストラ。フルトベングラーは同楽団との共演で楽壇デビューを果たし、マーラーは自らの指揮で「交響曲第4番」「交響曲第8番」を世界初演して国際的に注目を集める。1928年にミュンヘン市の所属となり「ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団」と改称する。1967年から1976年に音楽監督を務めたルドルフ・ケンペが最初の全盛期をもたらし、1979年に名匠セルジュ・チェリビダッケが音楽監督に就任。亡くなる1996年まで君臨し、黄金時代を築いた。2004年からクリスティアン・ティーレマンが音楽監督を務め、2012年9月、ロリン・マゼールが音楽監督に就任した。


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大植英次指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
マーラー作曲:交響曲第2番《復活》
Eiji Oue conducts Osaka Philharmonic Orchestra
Mahler: Symphony No.2 <Auferstehung>

日時:2013年4月26日(金)19:00開演

フェスティバルホールとともに大阪のクラシック音楽の歴史を歩んできた大阪フィルハーモニー交響楽団が、新フェスティバルホールのオープンを祝して、マーラー作曲「交響曲第2番《復活》」を演奏する。
主催: 公益財団法人朝日新聞社文化財団、大阪国際フェスティバル協会、朝日新聞社
協賛: 朝日放送、コトブキシーティング、サントリーホールディングス、住友電気工業、
高砂熱学工業、トーエネック
協力: 大阪フィルハーモニー協会、フェスティバルホール
入場料: S7,500円、A6,000円、B5,000円、C4,000円、BOX10,000円、バルコニーBOX15,000円(2席セット)
曲目: マーラー:交響曲第2番ハ短調《復活》
独唱: スザンネ・ベルンホート(ソプラノ)
アネリー・ペーボ(アルト)
合唱: 大阪フィルハーモニー合唱団、大阪新音フロイデ合唱団、神戸市混声合唱団、
ザ・カレッジ・オペラハウス合唱団

大植英次 Eiji Oue (指揮)

大植英次 (指揮)

大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー名誉指揮者。桐朋学園で齋藤秀雄に師事。1978年、小澤征爾の招きによりタングルウッド・ミュージック・センターに学ぶ。タングルウッド音楽祭でレナード・バーンスタインと出会い、以後世界各地の公演に同行、助手を務めた。
これまでにミネソタ管音楽監督、ハノーファー北ドイツ放送フィル首席指揮者、バルセロナ響音楽監督、大阪フィル音楽監督を歴任。2005年『トリスタンとイゾルテ』で日本人指揮者として初めてバイロイト音楽祭に出演。「大阪クラシック」など国内外で多くの聴衆を魅了している。
2006年大阪芸術賞特別賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。07年大阪市市民表彰受彰。2009年ニーダーザクセン州功労勲章・一等功労十字章受章。 


大阪フィルハーモニー交響楽団 Osaka Philharmonic Orchestra

大阪フィルハーモニー交響楽団

1947年朝比奈隆を中心に「関西交響楽団」という名称で生まれ、1950年社団法人化、1960年に改組、現在の名称になった。創立から2001年までの55年間朝比奈隆が指揮者を務めた。2003年4月から2012年3月まで大植英次が音楽監督を務め、2012年4月に桂冠指揮者に就任。これまで、遠山信二、外山雄三、若杉弘、秋山和慶、手塚幸紀、大友直人等、名指揮者達と専属契約を結んだほか、内外の一流音楽家と共演。
大阪フィルは個性と魅力溢れるオーケストラとして親しまれてきた。「定期演奏会」はザ・シンフォニーホールで、年10回、毎回2公演開催。また大阪以外の全国各地の文化振興にも貢献しており、数回にわたるヨーロッパ、カナダ、アメリカ、韓国、台湾での演奏旅行では各地で絶賛を博した。


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クリスティアン・ティーレマン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Christian Thielemann conducts Wiener Philharmoniker

日時:2013年11月6日(水)19:00開演

世界最高峰のオーケストラ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が新フェスティバルホールで公演する。同楽団が旧フェスティバルホールに登場したのは、1973年3月(クラウディオ・アッバード指揮)、1980年11月(ロリン・マゼール指揮)、1986年4月(第28回大阪国際フェスティバル/ロリン・マゼール指揮)、1993年11月(小澤征爾指揮)、1994年10月(ゲオルグ・ショルティ指揮)、1995年11月(ジェームズ・レヴァインン指揮)、1996年10月(ズービン・メータ指揮)、1997年10月(ベルナルド・ハイティンク)、2004年11月(ワレリー・ゲルギエフ指揮)、2005年10月(大阪国際フェスティバル協会特別公演/リッカルド・ムーティ指揮)、2008年9月(リッカルド・ムーティ指揮)。
主催: 公益財団法人朝日新聞文化財団、大阪国際フェスティバル協会、朝日新聞社
特別協賛: 大和ハウス工業株式会社
協賛: 朝日放送、京都銀行、JR西日本、ダイワボウ情報システム、竹中工務店、
凸版印刷
協力: フェスティバルホール
後援: オーストリア大使館
入場料: S35,000円、A31,000円、B26,000円、C21,000円、D15,000円、E9,000円、BOX41,000円、バルコニーBOX70,000円(2席セット)
曲目: ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 op. 60
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op. 67 《運命》

クリスティアン・ティーレマン Christian Thielemann(指揮)

クリスティアン・ティーレマン(指揮)

1959年ベルリン生。19歳でベルリン・ドイツ・オペラのコレペティトゥーアとしてキャリアをスタート、カラヤンのアシスタントも務める。1988年、ニュルンベルク市立歌劇場音楽監督に就任(ドイツで最年少の音楽総監督)。1997年から7年間、ベルリン・ドイツ・オペラ音楽監督を務めた。2004〜2010年、ミュンヘン・フィルの音楽総監督を務め、2012年夏、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の首席指揮者に就任。本年からザルツブルク・イースター音楽祭の芸術監督に就任した。
バイロイト音楽祭には2000年《ニュルンベルクのマイスタージンガー》でデビューし、以後定期的に出演。2006〜2010年は新演出の《ニーベルングの指環》チクルスを指揮した。ウィーン・フィルとは2000年10月、R. シュトラウス《ばらの騎士》組曲と《アルプス交響曲》で初共演。以来、ウィーン国立歌劇場でのオペラ公演を含めて共演を重ね、信頼関係を深めている。2008〜2010年には<ベートーヴェン・チクルス>をウィーン、パリ、ベルリンで行い、大好評を博した。夏のザルツブルク音楽祭では2012年、共に《影のない女》のピットに入り、今夏はブルックナー5番のコンサートを行った。<ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン>には、2003年に初登場し、R.シュトラウス、ブラームス、ベートーヴェン、ワーグナー、ブルックナーのプログラムを披露して以来、10年ぶりの出演となる。


ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 Wiener Philharmoniker

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の歴史は、1842年3月28日、O.ニコライ(1810〜49)の指揮で行われたコンサートで幕を開ける。当初のコンサートは不定期であったが、1860年エッケルトの指揮で第一回の定期演奏会が開かれ、以来今日まで続けられている。常任指揮者は初代のニコライからエッケルト、デッソフ、リヒター、ヤーン、マーラー、ヘルメスベルガー、ヴァインガルトナー、フルトヴェングラー、クラウスと受け継がれ、1933年からは常任指揮者を置かず、客演指揮者によるコンサートを行っている。フルトヴェングラー、E.クライバー、クレンペラー、クナッパーツブッシュ、クラウス、ミトロプーロス、オーマンディ、シューリヒト、セル、ワルターなど20世紀のオーケストラの伝統を築いた巨匠たちを始め、ショルティ、アバド、C.クライバー、メータ、小澤征爾などの名指揮者が指揮台に立っている。1898〜1901年音楽監督を務めたマーラーをはじめ、ワーグナー、ヴェルディ、ブルックナー、J.シュトラウス供▲屮蕁璽爛后R.シュトラウスなどが、時には指揮者またはソリストとして共演し、自らの作品を世に送り出した。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はウィーン国立歌劇場に所属しながら、ウィーン・フィルハーモニー協会として自主運営を行なっている。現在、本拠地ウィーンの楽友協会(ムジークフェライン)大ホールでの定期演奏会のほか、ニューイヤー・コンサート、ザルツブルク音楽祭への出演を中心に活動している。日本には1956年P.ヒンデミットの指揮で初来日して以来、名指揮者と共にツアーを行っており、2013年で30回目の来日となる。


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